大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)643号 中間判決

原告

山口嘉彦(以下「原告山口」という。)

有限会社サンコー物流

(以下「原告会社」という。)

右代表者代表取締役

山口泰弘

原告ら訴訟代理人弁護士

古田兼裕

秋山之良

田中克治

古田兼裕訴訟復代理人弁護士

古賀健郎

山寺信之

被告

西村設備こと西村修

右訴訟代理人弁護士

高山俊吉

主文

確認の利益に係る被告の本案前の抗弁は理由がない。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件交通事故」という。)に基づく原告らの被告に対する損害賠償債務は、存在しないことを確認する。

二  被告

本件訴えをいずれも却下する。

第二  事案の概要

原告らは、本件交通事故に係る原告車両の運転者ないしその使用者であるが、被告車両の所有者である被告に対して、本件交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことの確認を求めた。これに対し、被告は、本件債務不存在確認の訴えは、訴えを濫用するものとして、確認の利益ないし必要性が否定される場合に当たるから、却下されるべきであると主張した。

本件の本案前の争点は、確認の利益の有無である(本案の争点は省略する)。

第三  当裁判所の判断

一  甲第一ないし一七号証(枝番の表示は省略する。)、乙第一ないし五号証によれば、以下の事実が認められ、これを覆す証拠はない。

1  本件交通事故及び事故直後の示談交渉の経緯

原告山口は、平成六年一二月七日午前一一時二〇分ころ、原告車両を運転走行中、前方を走行していた訴外兼田浩史運転、被告所有に係る被告車両(タンクローリー車)に追突した。本件交通事故により、被告車両に、修理費等の損害が発生した。本件交通事故は、原告山口の過失によるものであり、同原告は民法七〇九条により、同原告の使用者である原告会社は民法七一五条により、被告車両の所有者である被告に対し、損害賠償責任を負う(以上は争いがない)。

本件交通事故の示談交渉は、当初、以下の経緯で実施された。

原告側は、原告車両に係る自動車保険の保険者である日本火災海上保険株式会社(以下「日本火災海上」という。)、関連会社である日本火災損害調査株式会社(以下「日本火災損害調査」という。)にそれぞれ所属する奥村伸一及び原野英樹の二名が、被告側は、被告本人及び被告の業務に関連する株式会社トーエル所属の室越貴信及び小川桂吉の三名が、それぞれ関与して、本件交通事故に関する示談交渉を実施した。

その結果、平成七年初めころまでに、修理費用については一九万〇五五〇円、検査費用(被告車両のタンクに損傷があるか否かを点検するため、X線を用いて行う検査の費用)については三八万八八二五円で合意した(これらは、既に支払い済みである)。

しかし、休車損害(右検査及び修理に要する期間、被告は、被告車両に係る営業活動を中断せざるを得なかったが、これにより発生する損害)に関しては、損害額につき合意を得ることができなかった。

2  休車損害についての示談の経緯

被告は、平成七年一月一二日、室越貴信を通じて、日本火災海上の担当者に対して、休車損害に係る損害額を以下のように算定すべきであるとしてファクシミリ送信した。すなわち、被告は、①被告車両が、営業用のLPガスタンクローリー車であり、川崎市川崎区浮島町等から厚木市所在の工場への搬送に繰り返し用いていたこと、②事故当日及び修理日については各二往復が、検査日(六日間)については三往復分が、それぞれ予定されたこと、③一往復に係る運送賃は平均三万四二〇〇円であることに照らして、④休車損害は、合計七五万二四〇〇円であると主張した。

これに対し、日本火災海上の担当者らは、一日当たり一往復分に限って認める旨の回答をし、更に、同年三月一三日、小川に対し、電話で、右方式によって算定した金額を基準として、三〇万円を提示した。しかし、結局、両者間で合意を得ることはできなかった。

日本火災海上及び日本火災損害調査の担当者らは、加害車両に係る自動車保険契約がPAP契約であることから、担当者自らが、示談交渉を継続することは適当でないとした。そして、右同日、原告訴訟代理人弁護士らが、原告らの委任を受けて、示談交渉等を実施することにし、その旨を被告に通知した。

3  訴訟代理人が委任を受けてから本件訴訟を提起するまでの経緯

同年四月四日、被告は、前記小川を通じて、原告訴訟代理人に対して、被告車両の一年間の売上高に関する詳細な資料(甲第五ないし八号証)を送付して、休車損害については、前記金額が正当である旨を伝えた。これに対し、原告訴訟代理人は、同年七月一九日、被告から送付された資料を精査しても、本件交通事故と被告提示の損害との間には相当因果関係が認められないとして、日本火災海上が従来から提示していた三〇万円で解決したい旨回答し、更に、同年八月四日、書面により、三〇万円で示談したい旨の回答をした(甲九号証)。

同年八月一八日、被告は、小川を通じて、原告訴訟代理人から提示された三〇万円の算定根拠を明らかにするよう求めた他、被告の事務所まで来訪して説明するよう求めて、原告訴訟代理人に対し、書面を送った(甲一〇号証の一)。なお、右書面によれば、被告が休業損害として支払を求めた金額は、一一〇万二〇〇〇円であった。これに対し、原告訴訟代理人は、同月二一日、小川に対し、三〇万円で解決したい旨の書面を送付した(甲一一号証)。

同年一一月二一日、原告訴訟代理人は、被告に対し、直接、話合いをしたい旨の書面を送付した。被告は、同年一二月一二日、原告訴訟代理人に、面談の申込みに応じたいとの書面を送付した他、原告訴訟代理人に直接電話をし、面談のための日程等の調整をしようとしたが、原告訴訟代理人が不在であったなどの理由から、実際には、直接の面談ないし交渉を実施することはできなかった。

原告訴訟代理人は、平成八年一月八日、被告に対し、従前の提案を変更する意思のないことを回答した上、同月一七日、被告を相手として、本件訴訟を提起した。

二  以上認定した事実を基礎として、本件債務不存在確認の訴えについて、確認の利益があるといえるか否かについて、判断する。

交通事故による損害賠償に関して、その責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合、そのような不安定な法律関係が長く存続することは加害者にとっても望ましいものとはいえないので、その不安定な状態を解消させるために、加害者側が原告となり、被害者側を相手として、債務不存在確認訴訟を提起することは、許されるというべきである。しかし、損害賠償債務に係る不存在確認訴訟は、被害者側が、種々の事情により、訴訟提起が必ずしも適切でない、或いは時期尚早であると判断しているような場合、そのような被害者側の意思にかかわらず、加害者側が、一方的に訴えを提起して、紛争の終局的解決を図るものであることから、被害者側は、応訴の負担などの点で過大な不利益が生じる場合も考えられる。

このような観点に照らすならば、交通事故の加害者側から提起する債務不存在確認訴訟は、責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合には、特段の事情のない限り、許されるものというべきであるが、他方、事故による被害が流動的ないし未確定の状態にあり、当事者のいずれにとっても、損害の全容が把握できない時期に、訴えが提起されたような場合、訴訟外の交渉において、加害者側に著しく不誠実な態度が認められ、そのような交渉態度によって訴訟外の解決が図られなかった場合、或いは、専ら被害者を困惑させる動機により訴えが提起された場合などで、訴えの提起が権利の濫用にわたると解されるときには、加害者側から提起された債務不存在確認訴訟は、確認の利益がないものとして不適法となるというべきである。

そこで、本件について検討すると、本件交通事故が発生した平成六年一二月から、本件訴えが提起された平成八年一月まで、一年以上が経過していること、その間、当事者間で、休車損害の額に関する交渉が、頻繁に行われたこと、それにもかかわらず、双方の主張には、なお、隔たりが存在したこと等の事情に照らすならば、本件交通事故による休車損害の額について、訴訟によって究極的な解決を図るため、原告らが被告を相手として、債務不存在確認訴訟を提起する必要性があったものということができ、また、訴えの提起が、権利濫用に当たるということはできない。

確かに、被告側は、早期に、その主張する損害額の根拠となる詳細な資料を送付したのに対し、原告側は、その主張する損害額の算定根拠を必ずしも明らかにしなかったこと、示談交渉の場所の選定などについても意見の対立があったこと等の事情に照らすならば、被告が、本件示談交渉に当たって、原告側の対応に、少なからず不満を持っていたことは推測されるところである。しかし、右の事情が存在したからといって、原告が被告に対して本件訴訟を提起したことが、権利の濫用に当たり、確認の利益を有しないものと解することはできない。

第四  結論

以上のとおり、被告主張に係る本案前の抗弁は理由がない。よって、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官河田泰常 裁判官中村心)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例